メンタルヘルス

鬱、家族の理解と協力は重要だが、それほど単純ではない

以前に夫婦の片方が鬱になると、自分と主治医と配偶者の三者で対立の構図が生まれかねないと書きました。理由は自分と配偶者で主治医への信頼感が違うからです。夫婦が同じ方向を見ているにこしたことはありません。配偶者の理解と協力があれば回復も早いと思います。

残念ながら我が家は対立しています。結果的に理解も協力も得られません。職場復帰するまでは気遣いも感じられましたが今やストレスの捌け口になっているような気さえします。妻は感情のコントロールが下手なので、言葉を選ぶとか論外で、思いつくまま執拗に責めたててきます。

きっかけは私のせいかもしれませんが病人に対する扱いはありません。落ちないように貝になって耐えていると、「逃げるところがあっていいはよね、鬱の人は」とまで言い追い込んできます。なかなか治らないのは妻に一因があるように思いますが、これがまたそう単純ではないようです。

鬱は薬と休息とカウンセリングで治すものと言う人がいます。カウンセリングの代わりに認知行動療法と言う人もいますが、私は受けたことがありません。主治医がその効果に否定的だからです。なので上辺の情報しか持ち合わせていませんが、認知行動療法は自分の価値観や考え方を修正するらしいです。それにより鬱になりづらい自分になるということだと思います。ある人が書いていました。元の自分に戻れるかと訊かれたら、元の自分に戻ってどうするのだ。新しい自分にならないといけないと答えると。なんとなくわかる気はします。

そういう意味で、妻に原因があると片づけるわけにはいかないわけで、自分が変わる必要があるのかもしれません。何十年かけて培ってきた価値観や考え方を変えるのは自己否定でもあり、難しいことだと思います。そこはプロの臨床心理士に任せれば余計な心配なんだと思いますが自分が自分でなくなるというか、自分が崩れ去る想像をしてしまう私には怖いです。それ以前に主治医は、思ったほど効果を上げているとは思えないと否定的なので、私は受けることはないでしょう。

二十代の頃に森田療法の本を読んだことがあります。記憶が正しければ、あるがままを受け入れるというテーマだったと思います。だとすれば認知行動療法とは対極のような気がしますが、正解の無い世界というか、患者の数だけ正解がありそうな世界だと思うので、それはそれでありなんだと思います。変わりたいとも変わろうとも思っていないのは、かつての影響もある気がします。どちらが近道なのかわかりませんが。。。